色々なことを本気で考える

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公理と定理

公理とは?

公理の意味は辞書では、『数学の理論をつくるときの基礎におかれる命題で、無証明命題ともいわれる』とある。 (命題とは「〇〇は△△である」という題目)

 

辞書の意味は回りくどいので簡単に言えば、『誰が考えても当たり前すぎること。証明しようがなくて正しいか分からないけど正しいとして考えてしまおう、とされること』です。公理に対して「なんで?」と聞いてもちゃんとした説明は返ってきません。「説明できないけど普通に考えてそうでしょ!」となってしまいます。

 

例えば、「交わらない平行な2本の線を引ける平面がある」や、「A=BでB=CならA=C」というのも公理です。本当に平行な線を引ける平面があるかなんて証明できっこないから分からないけど、誰でも簡単に想像できることだから正しいと仮定しよう、と考えます。この仮定や前提が公理です。

 

そして、数学という体系は、全て公理が論理の出発点となっています。

 

定理とは?

さて、公理とは別に定理があります。命題という意味では似ています。どちらも「〇〇は△△である」ということを意味しています。

 

定理は、数学的に証明されたことです。「三角形の内角の和が180度である」というのも定理です。

 

ちなみに定理と公式は意味は同じです。定理は言葉で表されたもの、公式は数式で表されたもの、です。

全ての数学的な定理は論理的に証明されていますが、その論理の出発点は必ず公理です。(途中で別の仮定を用いている場合は、その仮定と公理の両方が出発点になりますが。)

公理が間違っている世界では、既に証明されている数学の定理も全て間違っていることになってしまいます。現在、正しいとされる数学的な命題には全て、「この公理が正しいとすれば」という隠された前提が潜んでいるのです。

 

つまり、ある定理に、「なんで?」「なんで?」と繰り返していくと、必ず公理が出てきます。この公理に「なんで?」と質問しても、「それは説明できないけど、誰が考えても当たり前だから正しいと考えているんだよ」としか言えません。

 

 

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公理が正しい場合のみ成立

 

応用

さて、数学的な見方で、公理と定理を説明しました。しかしこれは数学上だけではなく、全学問で共通のことです。それどころか、人間の思考すべてに関係しています。

 

論理の出発点という観点で見れば、公理は『宗教』、『倫理』など、非科学的なものと全く同じになってしまうんです。

 

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